ビデオゲームにおけるアーティストの役割は多種多様であり、"アーティスト"と言われても正直ピンと来ません。
ChatGPT-4に聞いてみても様々な役割が出てきます。
では、ハル研究所において"アーティスト"はどのような形で動いているのか、どのような役割を担っているのか。
今回はそれを調べる記事です。
一人のアーティストが何でもやりやすい、やらなければならない
ハル研究所のアーティストの立ち位置を見るには、スタッフクレジットにどんな役職があるか見ることで鮮明になります。
とはいえ、ハル研究所だけで分かりづらいので、任天堂が送る3Dアクションゲームの『スーパーマリオ オデッセイ』と比較してみます。これは開発規模、というかスタッフクレジットに載るゲームデザイナー、プログラマー、アーティストの数が同じぐらいだからです。『ディスカバ』は127、『オデッセイ』は136です。
星のカービィ ディスカバリー(2020) | スーパーマリオ オデッセイ(2017) | |
---|---|---|
ゲームデザイン | 16 | 22 |
プログラミング | 48 | 41 |
アート | 63 | 73 |
合計 | 127 | 136 |
アートも大体10名程度しか変わらないため、比較にはもってこいです。
『ディスカバ』と『オデッセイ』でアーティストに当たる部分の担当を整理してみますと以下の通りになります。
資料の都合上英語になっています。
星のカービィ ディスカバリー(2020) | スーパーマリオ オデッセイ(2017) |
---|---|
Art Director | Field Art Lead / Technical Art |
Lead Character Artist | Field / Concept Art |
Character Artists | Field Art |
Lead Field Artist | Field Art / Artist Management Support |
Field Artists | Artist Management |
Lead Environment Artist | Art Director |
Lead Procedural Field Artist | Art Support |
Lead UI Artists | Field Modeling |
UI Artists | Character Art Lead |
Character / Concept Art | |
Character Art | |
Character / Cut Scene Art | |
Character Art / Modeling Support | |
Character Modeling | |
Character Animation | |
VFX Art Leads | |
VFX Art | |
UI Design Lead | |
UI Design |
ディレクターやリーダーについては『ディスカバ』『オデッセイ』共にありますが、ひと目見て分かるように担当の数に差があります。
特に分かりやすいのが、モデリング(Modeling)、アニメーション(Animation)です。これは『ディスカバ』にはありません。
無論、担当にないからと言って『ディスカバ』でモデリング、アニメーションをやってる人がいない訳ではありません。どちらもなければ作りたいゲームが生まれませんからね。当然、それは他の担当がやっているということになります。
そうなると、ハル研究所はアーティスト1人がこなす担当が多いという印象を持てます。
この多様性は、『ディスカバ』でキャラクターアーティストでクレジットされた小島海次郎氏の発言からも分かります。
では、キャラクターアーティストは、キャラクターデザインだけをしているのか、というと、そういうわけではありません。
今回はキャラクターアーティストがやっていた仕事をいくつかご紹介します!★キャラクター作成:
プレイヤーが操作するキャラクターや敵キャラクターのデザインや3Dモデルを作成します。
★ギミック作成:
プレイヤーが干渉することで動作するスイッチや、攻撃すると壊れる木箱といった、ステージ上の仕掛け(ハル研ではギミックと呼んでいます)などのデザインや3Dモデルを作成します。
★エフェクト作成:
口から吐く炎や、ジャンプをした時に出る煙などのエフェクトを作成します。
★デモシーン作成:
『ディスカバリー』の1stトレーラーでいうと、例えばカービィが砂浜に倒れているシーンがデモシーンになります。そういった動画的な部分のカメラの動きや絵コンテを作成します。というように、ハル研では「キャラクターアーティスト」という1つの枠の中で、キャラクター、ギミック、エフェクトなど、いろんな要素を担当します。
出典:『星のカービィ ディスカバリー』の仕事 キャラクターデザイン編
3Dモデルやエフェクト、絵コンテの作成にカメラの動きなど様々な部分をキャラクターアーティストが担当していることが分かります。
それは色々な作業を任せてもらえるメリットにも繋がりますが、同時に自分の学習、インプットも必要になります。
ではハル研究所はそのようなスタイル、アーティスト1人1人に様々な作業を任せる形を貫いているのかと言いますと、変化がやってきているようです。
具体的には2014年発売の『星のカービィ トリプルデラックス』からです。
『トリプルデラックス』から始まったサイン
2014年1月11日に発売された『星のカービィ トリプルデラックス』のスタッフクレジットには「モデリング」という担当があります。
モデリング自体は「3Dオブジェクトの形状や構造をデジタル上で作成する過程」のためどのような作業を指しているか詳しくは分かりませんが、ここで順番を考えてみます。ここではアーティストが携わる仕事だけを見ていきます。
デザイン担当の順番 |
---|
デザインディレクター |
リードデザイン |
デザイン |
モチーフデザイン |
UIデザイン |
ムービー |
モデリング |
デザインアドバイザー |
アーティストが携わる仕事としてはデザインアドバイザーの前にありました。この順番を考えると、関与度・貢献度が大きくなかったと予想されます。
また、モデリング担当は3名いますが、その内2名が『星のカービィ』シリーズの前に他作品に携わっていたことがMobyGamesから分かります。
- 吉越 実:ハル研社員のため除外
- 今村 恵美:『新・光神話 パルテナの鏡』キャラクターモデリング、『グランディアIII』ムービーデザイナーなど
- 羽太 久美:『大乱闘スマッシュブラザーズX』キャラクターモデリング、『Bakugan: Battle Brawlers』キャラクターアーティストなど
2名が桜井氏がディレクターを務める作品にいたというのは面白い話ですが、それはともかく、ハル研究所で『星のカービィ』シリーズに携わる人の多くはハル研究所制作タイトル以外に携わってないことがほとんどです(正確には、MobyGamesなどのスタッフクレジットを収集するデータベースで履歴が分からない)。
そんな中、モデリングという特定の作業を指す担当があり、しかも内2名はキャリア採用と察せられる訳です。
何でもできるアーティストが揃えられるのが理想ですが所詮は理想です。HD化(任天堂の場合は関係ないですが4K対応)によりグラフィックに求められる工数は増えるばかりです。そういった現状ならば、新卒採用とその教育では追いつかず、キャリア採用も増やしていくのは当然のやり方です。
ハル研究所の場合、『トリプルデラックス』開発期間を踏まえると"2012年頃からキャリア採用で採用する必要ができた"ともいえます。
後にハル研究所はバンプールなどのような他社と協力する体制を整えていきますが、その芽はここにあったのでしょう。
『Wii デラックス』において
そして2023年4月時点で最新作の『星のカービィ Wii デラックス』においては、ハル研究所とバンプールの共同開発となりました。
そんな本作における担当も興味深いです。ここでは『ディスカバ』と比較してみましょう。
星のカービィ Wii デラックス(2023) | 星のカービィ ディスカバリー(2022) |
---|---|
アートディレクター | アートディレクター |
リードアーティスト | リードキャラクターアーティスト |
キャラクターアートディレクター | キャラクターアーティスト |
キャラクターアーティスト | リードフィールドアーティスト |
キャラクターアニメーション | フィールドアーティスト |
エフェクトアーティスト | リードエンバイロメントアーティスト |
フィールドアートディレクター | リードプロシージャルフィールドアーティスト |
UIアートディレクター | リードUIアーティスト |
UIコンセプトデザイン | UIアーティスト |
UIアーティスト |
『ディスカバ』までは①ディレクターと各部門のリーダー、②キャラクター、フィールド、UIのアーティストでした。
これが『WiiDX』ですと①②に加え、アニメーションとエフェクトが分かれて出るようになりました。
このキャラクターアニメーション、エフェクトアーティスト。スタッフを調べてみても経歴が殆ど出てきません。
しかしながら特定の業務を中心に行うならば何かしらの成果があってこそです。
ハル研究所がそのような人材を入れる必要が益々拡大していることが分かる一例です。
ゼネラリストからスペシャリストへ?
ここまで見ますと、2023年時点のハル研究所のアーティストには2つの種類があります。
- キャラクター、フィールド、UIとおおまかに区切られながらも様々な作業をこなす人
- 特定の作業を中心に担当する人
この2種類です。こなす、というのは属人的なニュアンスも盛り込まれています。
任天堂は新卒採用の募集要項の時点でデザイン系統でも多岐に渡ります。
また、社員規模としては大体同じなゲームフリークも、新卒採用後にアーティストの配属を決定しています。
グラフィックデザイナーについては、全職種をまとめて採用選考をいたします。
ご入社後は専門性や適性などに基づき、いずれかの職種からスタートします。
配属可能性がある職種および仕事内容は、下記のとおりです。■3D
・マップ(背景)デザイナー
コンシューマゲーム開発における、マップモデル作成業務
デザインから携わる部分も多く、ゲームの世界観を決定付ける仕事です。・キャラデザイナー
コンシューマゲーム開発における、キャラクターモデルの作成業務。
元のデザインを忠実に再現しつつ、いきいきとしたキャラクターを
表現することが求められます。・モーションデザイナー
コンシューマゲーム開発における、手付けでの人物モーション作成をメインとした、
モーション制作業務全般・エフェクトデザイナー
コンシューマゲーム開発における、エフェクト全般(バトル、背景、イベントシーンなど)の
制作および制作環境の整備■2D
・アートワークデザイナー
人物やモンスターのキャラクター、背景(マップ)デザイン、
イメージボードや三面図の作成等、
ゲームの元となる2Dグラフィックデザイン全般を担います。・UIデザイナー
コンシューマゲーム開発における、ゲームのコンセプトに適したUI作成全般の業務
(デザインワーク、レイアウト、アニメーション、アイコン等)。
出典:【新卒】グラフィックデザイナー(2D・3D) | 株式会社ゲームフリーク
他社の動き、またゲーム開発の今後の動向を見ますと、専門的なスキルを身に着けた人材が必要になります。
ハル研究所は新卒採用を中心に人材を拡充させていましたが、2010年代からは新卒採用とキャリア採用を併せています。
そういった、開発に必要な人材採用の変化はハル研究所の文化も徐々に変えていきます。
現状は"ハル研究所に長らく在籍し、一定の専門的なスキルは身につけつつもゲームを面白くするために様々な作業に取り組む人"が多い状態ですが、そこから10年、20年と続けば社員の入れ替わりで文化も変わってきます。
例えばの話、キャリア採用による人材が多くなれば、現在ハル研究所が持つ文化が失われ、代わりに新たな文化が形成される…ということです。
星のカービィシリーズは30周年で一通りの展開を見せましたが、それを作る人達の中身はここから色々変わっていくのかも知れません。